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日々を読み解く

普通の日々をスピリチュアルな視点で観察しています。

「偶然」などあり得ない

Categoryスピ哲学
あり得ない場所で、誰かと会ってしまったとしたら・・・

普通は「こんな偶然もあるんだ」と思うところでしょう。

でも、そういう時は、本当に「偶然」だと思いますか?

自分の身に起こる事象を
すべて「意味ある」ものとしてとらえると、
まぁ、頭の中は常にそのことを追求しそうになり
プチパニックを起こしてしまうかもしれません。

だからといって、
すべてを「偶然」だと言って、
そのままにしておくのもどうなんだろ?とは思います。

私の感覚としては、
特に人との出会いや、今ある環境について
「偶然」なんて、あり得ない!ということです。

そういう偶然を一度経験し、目を向けはじめると、
その人には、いわゆる「偶然の一致」の連続が起こり始めます。
そしてその体験は、もはや偶然の一致などではなく、
理解を越えた何らかの「必然」だったと気づくのです。

以前まったくスピリチュアルなことなど目に入らなかった私が
例えばペットのインコと目撃した、天井から舞い降りる半透明の羽根や
(目撃したのが私だけなら、信じなかったかも)
http://spiritualbook.blog.fc2.com/blog-entry-19.html

ユタさんの家の目の前で
車のブレーキが突然効かなくなったことや
http://spiritualbook.blog.fc2.com/blog-entry-25.html

正夢や見続けるナンバーの連続も。

そのすべてが
「偶然だった」と、
自分を納得することができたんです。

でもそういったことは、
もはや目に見える事象だけで自分を納得させるには
あまりにも不可解な出来事でした。

最初の頃はそういった「偶然の連続」に
意味あることとして、ちくいち、理由を追い求めたのですが、

最近はそれさえも意味がないことだと思い始め、
偶然の理由を追い求めることをやめました。

おそらく、必然であることは間違いないのですが、
いちいち追求するには
あまりにも膨大な記憶(魂のね)から
ささいなひとかけらを追求するようなもので。

そんなことに労力を使うことより、
「いま」をどれだけ生きられるかに集中したいと思うのです。

理由はわからないけど、
いまの置かれている環境や人間関係も
おそらく必然なのだと考えると。

楽しくても大変でも
なにか課題があるはずだから
とにかくやっていくしかないと、そう思います。

それに、必然であるにせよ、
少なくとも自分の意志で進んできたことは間違いはないのです。

世の中に起こる出来事や、
あなたや私の身の回りで起こることは
何一つ「偶然」なんて、ないのです。

すべては天の采配-というにはおこがましいのですが
やはり「必然」だとは思うのです。

必然だけれど、そこに意味を求めず
そういうことなんだ、と受け止められたら・・・

もはや人生の達人。。

偶然のような必然に、
憤慨したり、感謝したり。

ほんと、人間であるということは
そんな過酷な環境の中でも

生きていかねばならないのですね。

・・・はぁ。(ホンネ)

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